5月のプチ防災 広島の台風被害

新しい広島駅ビルが3月24日に開業しました。

広島市の象徴とも言える路面電車の乗り入れはこの夏の予定とのことで、大変楽しみにしています。

ところで、広島駅に乗り入れている在来線を全て言えますか?

山陽本線、呉線、芸備線、そして可部線からの電車も乗り入れています。

厳密に言うと、呉線は海田市駅が起点であり、海田市-広島間は山陽本線に乗り入れているということになります。

同様に可部線も起点は横川であり、山陽本線経由で広島駅まで乗り入れている形になります。

その可部線は現在では広島駅を通過しさらに呉線に乗り入れていますが、当初の計画では逆方向の島根県浜田市まで伸ばすことになっていて、三段峡から先は今福線という名称で着工されましたが、大きな赤字が見込まれるため完成前に工事が中断されました。

昭和44年(1969)には三段峡まで延伸されたものの、平成15年(2003)には可部-三段峡間が廃止されました。

しかし、平成29年(2017)には、可部-あき亀山間が再開業しました。

赤字のため廃線が決まっている部分の工事が続けられたり、一度廃線されたもののその一部が再開業するなど、数奇な運命をたどり続ける可部線には、それ以外にも不思議があります。

たとえば下祗園駅。

『下祇園駅』はあるものの『上祇園駅』やただの『祇園駅』はありません。

同様に『上八木駅』はあるが、『八木駅』や『下八木駅』は存在しておりません。

不思議ですよね?

実は昭和18年(1943)までは存在していたのです。

時は戦時下、当時の鉄道は物資輸送、人員輸送の大動脈であり、その輸送力を高めるために、『祇園駅』、『中八木駅』など7駅は停車しない戦時特別ダイヤが編成され、昭和18年10月1日から運用されることが決まっていました。

ところが、その10日前の9月20日に、台風26号が日本を襲います。

高知県土佐清水市付近に上陸(933hPa)、北上して鳥取県から日本海へ抜け、西日本を中心に全国で死者・行方不明970人という大災害となりました。

この時、太田川と安川がほぼ同時に決壊し、現在の上八木駅から三滝駅の間(つまり可部以南の太田川西側全域)は駅舎をもとより、線路の大半までも流されてしまいました。

戦争中であったせいもあり、これ以上の詳細は報じられることもなく、記録にも残っていないようです。

地震と同様に、「広島は台風被害の少ないところじゃ」と言う人は少なくありません。

『りんご台風』と別名がつけられた平成3年(1991)台風19号、あるいは柳田邦男の小説『空白の天気図』で描かれた『枕崎台風』昭和20年(1945)台風16号、そして先に書いた昭和18年台風26号など、広島に大きな被害をもたらした台風は数々あります。

台風が日本列島に接近もしくは上陸の際には、十分な注意と警戒が必要であることには間違いありません。

広島は台風の被害が少ないところではありません。

そんなことを言っているあなたが、広島の台風被害の実態を知らないだけです。

『プチ防災』というより、『災害マメ知識』になってしまった。

追伸 柳田邦男の小説『空白の天気図』は、広島市の防災士の必読書です。

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